2015年8月31日月曜日

第21回 能楽座自主公演 《海士・解脱之伝》前場

第21回 能楽座自主公演 金春惣右衛門・片山幽雪・近藤乾之助 偲ぶ会のつづき

能 《海士・解脱之伝》海人 観世銕之丞 龍女 片山九郎右衛門
    藤原房前 長山凜三  浦の男 茂山茂
     従者 福王茂十郎 茂山茂 矢野昌平

    藤田六郎兵衛 幸正昭 山本哲也 三島元太郎
    後見 大槻文蔵 分林道冶 長山桂三
    地謡 梅若玄祥 梅若紀彰 山崎正道 馬野正基
       角当直隆 梅田嘉宏 川口晃平 観世淳夫



幽雪師を(おそらく金春惣右衛門師も)偲んで、観世流・東西当主の義兄弟が
前シテ・後シテを演じ分ける稀小書の《海士・解脱之伝》。

銕之丞師と九郎右衛門さんは同じ人に師事したとはいえ、
芸風は団十郎と仁左衛門のそれと同じくらいに違って見える。
でも、2人に共通するのは作品への深い理解と
その理解を舞台で自在に表現できる高い芸の力だと思う。
この日の公演はそのことが見事に証明された名舞台だった。


 * * *

大臣一行の登場
子方の房前大臣がワキ・ワキツレ従者を従えて登場。
讃岐の志度の浦で亡くなった母の追善のためにこの地を訪れたことを語る。
名子方・凛三くんの存在も舞台で光っていた。
(それにしても子供って成長につれて顔立ちがどんどん変わっていくのですね。以前拝見した時と比べてお顔の印象が違って見えた。ライトの加減かもしれないけれど、お父様に似てきた?)


前シテ・海士の霊の登場
一声の囃子とともに前シテ・海士の霊が登場。

前シテは白い摺箔に、目の覚めるような深いグリーンの縫箔を腰巻にして、その上から渋いブルーの水衣(海士の労働を象徴するように着古されたようなクタッとした味わい)を羽織っている。
手には例の如く、右手に鎌、左手にみるめ。
縫箔とみるめの緑がマッチして、互いを引き立て合っていた。
面は、母性を感じさせる穏やかで少し悲しげな深井。

海士の女は大臣一行と出会い、従者から水底のみるめ(海藻)を刈ってほしいと頼まれる。

(前シテは「痛はしや旅づかれ」で後見に台詞をつけられ、ハコビもおそらく汗で滑りが悪かったように思う。やはり義兄弟対決はふだん以上に緊張するのだろうか。)


天満つ月も満潮の、みるめをいざや刈ろうよ


ここで前シテは正面に背を向け、後見が出て、シテからみるめを受け取り、水衣を脱がす。
白い摺箔に緑の縫箔を腰巻にしただけの姿は、上半身裸になった海士乙女のスタイル。

国芳の浮世絵をはじめ刺青の人気モティーフにもなっている玉取姫のこの姿は、
気概と根性のある官能的な美女をあらわすシンボリックな図でもあるのだろう。
能なのでオブラートに包まれているが、
見方によってはかなりエロティックな出で立ちであり、
銕之丞師が肉感的なせいか、浮世絵の玉取姫を連想させた。


玉之段から中入りまで
前シテは面向不背の珠の謂れを語った後、ワキの従者に請われて、龍宮での凄絶な玉取シーンを再現する。

この玉之段では銕之丞氏が本領発揮!
臨場感あふれる迫真の型の連続で、じつに見応えがあった。

わが子への一途な思いに決死の覚悟で海底に踏み入れたけれど、
そこは底なしの深海の世界。
狙う明珠は、摩天楼のようにそびえ立つ高さおよそ100メートルの宝玉の塔に収められ、
八龍(八岐大蛇? 八匹の龍?)やサメや恐ろしい姿の魚たちが目を光らせている。

海士は一瞬、怖気づき、西の海面を見上げて、故郷や夫・子供に思いをはせる。
そのやわらかく、懐かしげな表情――。


銕之丞師の面の扱いが非常に巧みで、深井の面に血が通い、生気が宿る。
まるで汗水たらして働く生身のたくましい海士の女のように、
表情が豊かに変化して、観る者を海士の世界にぐいぐい引き込んでゆく。


海士は気弱な心を振り払い、決意を固めるように手を合わせて志度寺の観音薩埵に祈願し、利剣(鎌)を額にあてて龍宮に飛びこんでゆく。

勇ましいシーンだけれど、その姿はけっして男ではない。
わが子を救うために燃え盛る猛火の中に無我夢中で飛び込んでいくような、
勇敢な母の姿そのものだった。
龍やサメに追いかけられ、乳の下を掻き切って珠を押し込める場面は、
仔鹿を狙う猛獣に体当たりで挑む母鹿のよう。

陸に引き揚げられ、明珠が淡海公に渡ったことを語ったシテは、
自分こそその母親の海士であることを告げて、子方の大臣に文(扇)を渡し、
海の底へと消えてゆく。

前シテは橋掛りの一の松で足を止め、名残惜しそうに子方のほうを振り向いて、シオル。
母性の化身のような深く大きなその姿。

この感動的なシーンを、地頭・玄祥師×副地・紀彰師の地謡が、
緩急・強弱を巧みにつけながらドラマティックに盛り上げ、
さらに六郎兵衛師の笛が抒情性豊かに彩ってゆく。


ここまでですでに号泣モードにスイッチが入ってしまい、涙が止まらなくなりそう。
《海士》で、文字通り海より深い母の愛を感じたのは、これが初めてだった。

九世銕之丞師は、人生経験(とくに苦労した経験)が芸の肥やしになって芸を深めていくタイプの役者さんかもしれない。
他のシテ方には出せない独特の味わいがある。


長くなったので、
第21回 能楽座自主公演 《海士・解脱之伝》後場につづく





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