2015年12月20日日曜日

邦楽の旋律とアクセント――中世から近世へ

2015年12月18日(金) 18時~20時30分  東京国立博物館平成館大講堂

講演Ⅰ  明治以前の謡とアクセント   高桑いづみ

実演Ⅰと話  謡の復元 《松風》ほか  味方玄

講演Ⅱ     近世邦楽とアクセント   坂本清恵

実演Ⅱと話  長唄 《鶴亀》ほか
       唄 稀音家義丸  三味線 日吉栄寿 杵屋三澄那


水道橋の能楽堂から上野に移動。
公園口から平成館西門まではけっこう遠かったけれど、
冬枯れの夜の上野公園はロマンティックで風情がある。
噴水越しに見るライトアップされた博物館がきれいでした。


肝心の講座はというと、味方人気のおかげかかなりの盛況ぶり。
前方の座席にはお弟子さんらしき女性グループが。

第Ⅰ部の「明治以前の謡とアクセント」はハイレベルでした。
謡本を読めるという前提でどんどん話が進んでいく。
お稽古していないわたしなどはゴマ点の読み方さえ分からないため、
ほとんどついてけなかった。

第一、高桑氏のいう「アクセント」の定義すらよく分からない。
(当時の口語のアクセントという意味だろうか?)

要するに、
室町から桃山時代までは、アクセントを随所に反映した節で
謡われており、それをゴマの上げ下げで表現していたが、
個人差もあった。
それが、しだいにアクセントに従わない謡い方に変化し、
アクセントではなく、息(息の扱い)の変化で詞を表現する方向へ進み、
ツヨ吟が誕生した。

ということらしい。

また、桃山時代までは京風のアクセントだったのが、
しだいに江戸風に変化したようである。

わたしが思うに、これは江戸時代以降、式楽となり、
能楽や作能の中心が京から江戸に移行したためでもあるのだろう。


第Ⅰ部の後半でようやく味方玄師登場。
あとで邦楽の演奏があるからと、
能楽では珍しい緋毛氈に金屏風という舞台セット。

まずは、永正14年(1517年)観世大夫元広奥書書「松風村雨」に
基づいて高桑氏が復元したという《松風》の謡の実演から。

うーむ、室町末期の《松風》ってこんなだったのか……。
今とはぜんぜん違う。
味方さんが謡うからか、一字一句、聴きとりやすいのだけれど、
表現が平板で、現行の《松風》に比べたら情趣に乏しい。

味方さんの美声と豊かな声量をのぞけば、
素人のめちゃくちゃ音痴な人が、
無理して謡っているようにも聴こえる。

謡い終えた味方さんの率直な感想は、「生理的に合わない」。

そして、すぐに現行の《松風》を謡ってほしいと依頼する高桑氏に、
「いや、ちょっと待ってください。切り替えがすぐにはできないから」、と。

この復元版の《松風》を謡うにあたり、相当お稽古されたようで、
それでも身体が拒絶反応を示したのではないだろうか。

復元版を五線譜に落とし込もうとした高桑氏に、
「いや、それだけはやめてください」と味方さんがおっしゃたそう。

なんとなく、「えらい仕事を引き受けちゃったなあ」という感じが
味方さんから滲み出ていた。

その後、現行《松風》の謡の実演があり、
やはり能の謡って、洗練と工夫を重ねて今の形になったのだと
あらためて実感したのであった。


第Ⅱ部の「近世邦楽のアクセント」は、
長唄《鶴亀》の譜や歌に反映される京阪アクセントと江戸アクセントの
変遷をたどっていくというもの。

配布された資料に長唄《鶴亀》の歌詞が載っていたのですが、
能《鶴亀》の詞章とほとんど同じなんですね。

坂本氏によると、江戸の長唄はおもに三段階に変遷し、
第一期は関西風のアクセント、
第二期は江戸風のアクセント、
幕末になると歌詞が聴きとりやすいようよりはっきり謡う傾向になったとか。

また、長唄《鶴亀》の「瑪瑙の橋」という歌詞を取り上げ、
明治期には京阪式のアクセントだったのが、
大正・昭和期には東京式のアクセントになったとのこと。


後半では、稀音家義丸氏らによる長唄《鶴亀》の演奏。
同じ《鶴亀》でも長唄になるとこんなに違うものかと興味深く拝聴。

なかでも面白かったのが、
能の囃子の「楽」にあたる部分が長唄では「楽ノ合方」というものになっていて、
能の「楽」のような異国風(唐風)の音楽ではなく、まるっきり江戸風だったっこと。

時代や聴衆の好みに合わせてこのように解釈されたのでしょうね。


演奏後の稀音家氏のお話によると、
長唄のアクセントは個人によって違い、それぞれに主張があるとのこと。
それに同じ人でもいつも同じに唄えないともおっしゃっていました。
要するに、「その時の具合でやっちゃう」。
(そう言っちゃうと、坂本氏の研究結果がもとも子もなくなっちゃいますが。)

稀音家義丸は80代半ばでしょうか、お話がとても面白く、
いくつになっても枯れない、艶っぽさのある魅力的な人でした。
そしてサービス精神旺盛な方で、セルフアンコールとして
いきなり「鷺娘」をみずから唄ってくださって、受講者は拍手喝采。

義丸さんに会えただけでも行ってよかった!


そんなわけで
研究者が細かく緻密に研究した結果と、
演者のなまの感覚とのギャップが味える楽しい講座でした。



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