2016年4月7日木曜日

美術館の春まつり・菱田春草《王昭君》

会期 2016年3月25日~4月8日  東京国立近代美術館所蔵作品展


先週末、お花見帰りにぶらりと立ち寄った「美術館の春まつり」。
同行者がいたのであまりじっくり鑑賞できなかったのですが、
春草や御舟、玉堂、土牛など日本画の名作が充実していて大満足の内容でした。




菱田春草《王昭君》部分、1902年、絹本彩色

肖像画工に賄賂を贈らず、清廉を貫いたために匈奴に嫁すこととなった昭君。
伏し目がちでふくよかな面差しは応挙の美人画を彷彿とさせ、
画面からは菩薩のような神々しささえ漂ってくる。

愁いをたたえながらも、
毅然と運命を受け入れる昭君の品格が恐ろしいほど見事に描かれ、
薄く透き通る白い紗の着衣が彼女の曇りのない内面を表わしているかのよう。






春草《王昭君》、部分

昭君を見送る宮女たち。
(彼女たちは画工を買収してみずからを醜く描いてもらったため匈奴行きを免れた。)

空涙を流す者、ホッと胸をなでおろす者、思わず蔭でほくそ笑む者。
ダ・ヴィンチの《最期の晩餐》のようにそれぞれの心の動きを巧みに捉えた群像表現。

これを20代後半で描いた春草。
こういうタイプの天才はやはり長生きできないのだろうか。







速水御舟《丘の並木》、1922年、絹本彩色

御舟も燃焼し尽くした夭折の天才画家で、この絵も28歳のころの作品。

画像では上手く再現できなかったけれど、
繊細な枝ぶりと夕空の微妙な色のグラデーションが詩的な情趣を醸す美しい絵だった。





川合玉堂《行く春》、部分、1916年、紙本彩色

玉堂《行く春》、部分、渓谷を下る外輪船


玉堂《行く春》、全体、六曲一双

長瀞の春を描いた六曲一双屏風。
長瀞の川下りは今では観光専用になっているが、もとは木材運搬として生活・産業に欠かせない運送手段だった。

玉堂の絵には、
額に汗して働く人々の営みが敬意に満ちたまなざしで丁寧に描かれている。
血の通った、ぬくもりのある絵。

この絵の前に座ってぼーっと眺めているだけで、心が安らいでくる。
奥多摩の玉堂美術館へまた行きたくなった。




花曇りの日の満開の桜



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