2017年4月4日火曜日

トーハク金春家の能面~尉面

東京国立博物館・金春家の能面・能装束展のつづき
尉面はどうも苦手な分野で、区別がつきにくいから勉強になりました。
ふむふむ。


阿古父尉、重文、安土桃山~江戸、16~17世紀


↑解説によると、三光尉より品があり、
小尉(小牛尉)に次いで高貴な役(神or老いた貴族)などに用いられるとのこと。

安土桃山~江戸初期の作らしいけれど、かなり様式化されているので、
もっと時代が下るような気がする。



阿古父尉、江戸期、17~18世紀

↑こちらは金春家伝来のものではない阿古父尉。
顎の細長い、繊細で神経質な感じのする尉面。

同じ種類の面でも、時代・流儀・面打によってすいぶん形が違ってくる。



小尉(小牛尉)、重文、江戸期、18~19世紀


↑高砂・弓八幡の前シテなど、品位の最も高い役に使われる小牛尉。

こうやって阿古父尉と並べても、違いがいまひとつ分からない。
頬の瘤が、阿古父尉のほうが隆起している?

並べてみてもよく分からないのだから、舞台で単独で使われた場合、
どう見分ければいいのだろう……?
(たぶん曲で、「本脇能物の前シテ=小牛尉」みたいに考えればいいのかも。)




石王尉、重文、江戸期、18世紀


↑石王尉さんは、特徴的なのでわたしにもわかる!
西行桜や遊行柳の植物の精の老人に使われる尉面ですね。
(石王尉を使うのは、おもに下掛り三流だそうです。)

植物の精というわりには、妙にリアルでなまなましい表情。
とはいえ木質を生かした作りが、顔が樹木からヌーッと浮き出てきたように見える。


解説によると、越後の面打・石王兵衛が創作したと伝えられるため、この名がついたという。




行者(鷲鼻悪尉)、重文、室町期、15~16世紀

↑ド迫力。
いったいどんな演目に使われたのだろう。

この面が初めて舞台に登場したとき、見物はさぞかし驚いたのではないだろうか。




要石悪尉、重文、江戸期、18~19世紀

↑これも極めて斬新!
頬の皺のような突起物が、目に突き刺さってる?

水戸藩藩主・徳川斉昭による新作能《要石》の専用面とも言われている。

能《要石》は半漁文庫に詞章が載っているので、廃曲ではないとは思うのだけど、
めったに上演されない。
たぶん、前シテの建御雷神に使われたのだろうか。
後シテが天女なので、面白そう。
国立主催公演で上演されないかなー。





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